遠藤くん青春奮闘記


 ご存知遠藤くんの青春の日々を見守ってあげてください!
 



 11月 20日 金曜日

夏目漱石に関する考察


近藤ひさしのブログにアップされてるユイさんがマジで美しすぎる。

およそ同じ人とは思えない。
茫然自失、無意識のうちに、五分間くらい「綺麗すぎる」と連呼し続け、あまりの美しさに嘆息を漏らし続けていた。

あの人が人間なら、僕はサルくらいのレベルかな笑



さて、夏目漱石の「私の個人主義」という本を読みました。
その前に読んだ幸田露伴の「努力論」と対をなす本だと感じた。


なるほど、漱石が自然派と呼ばれ、露伴が浪漫派の文学者と呼ばれる所以も理解できた。


漱石は言う。

道徳は変わるものである。

何が正しいか。何が悪か。

その定義は、人の住む地域、時代により異なる。


漱石は、故に高遠な道徳を否定する。ありのままの人を描く。人それぞれの理想はそれぞれにあり、自らの力を通して発見するもの。

一人として、同じ人間はいない。

だから、他者の自由を妨害しない限りの個人の可変的な道徳を是とした。


儒教の道徳は、高遠であり、至高である。誰もがたどりつけるものではない。なぜならそれが基礎とするところは聖人の、また君子の道徳だからである。


画一的に、すべての人間が君子になることを求めるべきでないと。
個人には能力に差があり、個性にも差があるのだから。

もっと現実的な道徳の必要性を漱石は主張する。

それこそが、何にも拘束されず、個人が自分で見つける道徳に他ならないと。

この漱石の哲学は、一面の真理を突いている。

でも、僕は儒教でいう君子(至高の徳を有する聖人)を理想として、そこに臨みたい。


人は、自分の理想を肯定するための生を生きる。

漱石は人間の欲を肯定する。

人間の弱さを肯定する。

ありのままの自分の姿で良いと。

人に迷惑をかけない限り。



聞こえは良い。でも、これでは生涯、向上心(道徳面での)を持って生きるということを否定することになる。


ある人は言うだろう。

風俗に行っても、自分の考えで行っているのだから良い。

煙草も誰にも迷惑をかけていない。だから良い。自分なりの考えがある。



ここで、留まるのなら良いかもしれない。


でも、一度、欲の奴隷になれば、意志は欲の奴隷になる。

間違った行いをすれば、次第に心が汚れるように。

秩序は次第に破壊される。


漱石もそのことを気付いていたのだろう。だから、反動的な理想主義者も出てくると述べている。



僕は、漱石の述べる反動的な理想主義者である。

理想こそ全てである。

道徳であれ、夢であれ、愛であっても。


僕は自分と戦う。弱さに勝ちたい。弱さを肯定する言い訳はしたくない。

道徳は変わらない。

2000年も昔から、儒教の教えが伝えられてきたのは、人間の性質が普遍だからに他ならない。

僕は、聖人の哲学を基調としたい。

ただそう思う。
 


 11月 18日 水曜日

は~~い、エブリワン☆


深夜でテンションがハイだよう!!!

イェイ!!!

ホームページの作り方が分からないヨウ!!!

イエイ!!!

もう、罰ゲームは嫌だよ~~。

神様、ゲームで勝てるようになりたいよ~~。

じゃあね~~。
 

 11月 12日 木曜日

誇り


最近はもっぱら読書に明け暮れる日々だ。

自分の弱さをしるため、より良い自分になるために、ひたすら反省を繰り返している。


人には、それぞれ与えられた天分がある。


天分は、僕の長所であり、短所でもある。


自分の弱さに気付き、人格を改造する。

いつか、理想の自分になるために。





日本の平和と繁栄を守り、日本国民が誇りに思えるような国としての姿を取り戻すことに貢献すること。


それが僕の夢だ。


まだまだ、僕には、人を感化し、国を動かすような力もない。

でも、僕は知っている。


この国の誰よりも強くそう願って毎日生きている自分があることを。




この強い思いは、僕が誇り高き人間であることの証でもある。

一身の利益よりも、誇りと名誉を至高の美として求め続けてきた。


それは小さいころから変わらざる偽らざる自分の真の姿。





でも、一方でこの誇りこそが自分を臆病にする。



強くあること、誇り高くあり続けるために、ミスを恐れる。
自分の名誉が汚されることを恐れる。




自分でも、分かっている。


この弱さを乗り越えない限り、僕は未熟であり続けることを。





学年対抗で、そのことを思い知った。


僕は、1500m障害に心底出たくないと思った。
それは弱い自分を晒すことを、何よりも恥に思ったからだ。


でも、分かってる。


恥をかいてでも、どんなに笑われたって、頑張らなきゃ、変われない。
自分を弱くするプライドなんて糞くらいだ。
絶対に逃げない。


僕は、無心で、全力で走った。

誇りも忘れ、恥も顧みず、ただ懸命に。


結果は自分が予想していたよりも悪くなかった。






おそらく人という生き物は、きっと他人から見れば、本当にしょうもないことで悩み苦しむものなのだろう。



そのことが分かった。



人の弱さを受け入れ、許し、自分自身はその弱さを克服できる人間になりたい。


まだまだ、戦いはこれからだ。



P.S. てか、ロンタイをタッパに入れて、冷蔵庫に入れたやつ誰だよ!!!

本は全部ひっくりかえってるし、気付かないとでも思ったか。
五時ごろに、冷蔵庫の中から、目覚ましの音が聞こえてくるし・・・

アキレテマウワ~~。



 

 11月 4日 水曜日

弱き心 いつか強くなりたい


もう、11月になってしまいましたね。
時間が流れるのは、速い。

悲しいことも、楽しいことも、時間の流れの中で埋もれていく。
記憶の中に。

今あるこの気持ち、ずっと覚えていたい。ずっと、ずっと自分の心の中では優しくありたい。





先日、内定者懇親会があって東京に帰る機会があったので、家族で軽い沢に行きました。
ただ、お兄ちゃんは行きませんでした。夜遅くまで、PS3をやっていたからです。
全く、もう。



なんか前みたいに親と行動するのも恥ずかしくなくなったな。
きっと、見た目をどんなに飾っても、心を飾れないことが段々分ってきたんだろうな。


お父さんと、お母さんと三人で小浅間山という1600メートルくらいの小さな山に登りました。そこからは、軽い沢の町が一望できました。

風が強くて、目を開けられないくらいくらいだったけど、綺麗な景色だった。

軽い沢は、とても紅葉が綺麗で、思わず自転車をこぎたい衝動に駆られた。
また今度ね。



悲しかったのは、帰り、僕が車を運転してた時のこと。

ご存じの通り、僕は車の運転が下手です。珍しいくらいに。

帰りのサービスエリアで駐車に手こずって、隣の奴に笑われて、他の車が三台くらい立ち往生していた。


僕は、酷く傷ついた。



なんて、僕は弱いんだ。


なんて、駄目なやつなんだ。


自分の弱さが悔しくて、涙が込み上げてきた。でも、僕にもプライドがあるから親の前じゃ、泣けない。

22歳にもなって、僕はなんて弱い男なんだろう。

僕のような弱い男が大切な人を幸せにできるわけないよね。




僕の心は凄く弱い。だから、人の心の痛みにも敏感でありたいと思ってきた。

自分と同じ悲しさを味わって欲しくないから。


だから、僕は殴られても、殴れない。傷つく痛さを知っているから。

怒りたくても、怒らない。むしろ、全ての怒りを押し殺しているうちに怒り方を忘れてしまった。

怒られた時の悲しさが分るから。


愛で、自分の周りを満たしたい。




でも、その思いだけじゃ、駄目なんだよな。


強くなきゃ。


社会の最も弱い人の痛みを理解し、自分は痛みに負けない強さを兼ね備えなきゃいけない。

僕は、まだまだ弱い。

一生懸命やっても駄目で、怒られた時に傷ついてるようじゃ駄目。

馬耳東風、気にしちゃいけない。


がんばんなきゃ。


いつかきっと強く、優しい男になりたい。

大切な人を守るために。
 

 10月 25日 日曜日

葉隠


私は、愛国者である。

こう述べたとき、人はどのような印象を持つのだろうか。
でも、私は敢えて何の憚りもなく、繰り返し述べたい。

「私は日本を愛している。」


言葉ほど、曖昧に作られたものはない。

言葉は話す人により、受けてにより、解釈の変わる変幻自在の性質を主とするものだからである。

ヒュームの指摘は正しい。

人は自らの見たものからしか、新たに物を作りだすことはできない。


私が「国を愛する」と述べたときに、私が持つ熱く優しい思いを他者が共有することはないのだろう。



私にとっての、アメリカでの経験は鮮烈なインパクトを私の無垢の心に与えた。

「伊藤博文は大犯罪者だ」「安重根は偉大だ」「日本は侵略国家だ」
といく度罵られたことだろう。

バスケットを昼休みにしていても、隔たりのある日本人と韓国人。


私は今まで教えられてきた「平和」と題目と不公平な現実との相克のなかで苦しんだ。



生活するあらゆる場面で、自分が日本人であることを意識した。


お辞儀をするとき、遠慮がちな自分、相手を慮る態度、以心伝心、日本人に普通のこともアメリカでは異様であった。




日本を愛するということ。


それは故郷を愛する思いであった。故郷の美しい情景、精神、人間、伝統を愛することだった。


寄り場のない自分に寄り場を求めることであった。


人は人生において羅針盤なくして、航海に出ることはできない。


「国を愛する思い」それこそが、私の羅針盤であった。



命を懸けて守るに値する拠り所であった。

山本常朝著 「葉隠」にこんな一節がある。


「武士道といふは、死ぬ場所を見つけたり」


人は「生」か「死」かという選択を迫られた時、自らの功利的判断から、必ず「生」を選ぶ。

自分の心の弱さを理論で武装することにより、「生」を肯定する。



大切なのは、結果ではない。



どのような大義に対し、どのような心持で臨むかということである。



私は愛する国を守るため、死ぬ覚悟をもって、人生を捧げたい。


それが私にとっての「愛国心」の意味である。
 

 10月 23日 金曜日

遊びまくっちゃいました!!!


YUIさんの「I wanna be」最高だな~~。
僕と全く同じ志を持った人もいるもんだな。人としてのレベルが違い過ぎるか(笑)
でも、現状がどうとかこうとか、関係ないと僕は思うんだよね。

大切なのはこの人生で「何を成し遂げたいか」という「志」。

負けるもんか。


ということで、今日は朝から、おいちゃんの実験でモルモットのように低圧低酸素下で披験者として、実験を行いました。

フジイさんの採血が半端ない。

血が飛び散りまくってたし。痛いよ~~。


かなりきつかったけど、太めの方が常に後ろから掛け声をかけてくれて頑張れました。

はらっころ実験の「1,2」「1,2」を思わず思い出してしまいました(笑)



そして、午後はすぐにシャワー浴びて、魚市場へ。


「うまい」


魚とブリ大根最高にうまいね。てかとにかく安い。世界で一番うまいものを食べた気がした。

っていつもか(笑)

だって、自分の料理以外、何を食べてもおいしいんだもん。


そして、阿見のショッピンセンターへそのままユダさんと向かった。

と思ったら、ユダさんは思いのほか、方向音痴。
我孫子のほうに向かっていた。

僕はおなかいっぱいでナビもせずにグータラしてたらトンでもないことになっていた。

でもせいぜい10分のロスだし、ドライブが長くできて良かった。


なぜ買い物かというと、明後日内定者飲みがあるのだけど、服くらい新しいのを着たいなって思ったからです。


でも、服を買うのはいつも苦手。


店員が何をお求めですかっと聞いてくるのが本当に嫌なのだ。
そんなこだわり何もないし、恥ずかしいから、ほっておいてくれっといつも心の中で叫んでる。


でも、服も買えたし、牛久大仏も見れたし、今日は大満足!!!


これからアケモト君と一緒にドラムだい!!!!

さよなら。さよなら。さよなら!!!
 

 10月 21日 水曜日

頼もしき筑波大生


今日は右目の二重が気になって、人をちゃんと凝視できない。
なんか恥ずかしい。
僕が思っているほど、周りの人は気にしていないのだろうけど(笑)





この一週間、外交官になりたい、もしくは国家1種を受けたいという筑波大生に何人も会った。

僕は何時から、こんなに頼られる人間になったのだろうか。


僕は、しょうもない味噌っかすみたいな男だし、ケンチロウが言うように、お世辞にも利口とは言えない。

ただただ愚鈍で、融通が利かない、頑迷な男。

でも、ただまっすぐ夢を見続けてきた。

あらゆるところで。

勉強で、陸上で、テニスで、そして外交官になるうえで。


そんな僕を、頼ってきてくれる人に僕は何ができるだろうか。



僕はずっと考えてきた。




このぼくの短い人生の中で、何を大切にして生きて来たかということを伝えることが、彼らを勇気付けるのではないかと思い、誠意をもって話すことにした。



スピーチをし、一対一で話し、二対一で話した。



僕の言葉が、人の心にどれだけ届いたかは分からない。

悩める人々を勇気づけることはできただろうか。

中には、僕をただ熱い奴と軽蔑する人もいたかもしれない。







この世の中が、人間という能力において、性質において不平等な生物で構成される限り、不当な非難が避けられないことを僕はよく知っている。




でも、僕の言葉で一人でも救われるなら。


そう思って、必死に僕の体験を話した。



彼らの目は輝いていた。



迷いながらも、自分にとっての正しい「道」を探そうとする誠実な姿勢が見えた。


美しかった。



これから、僕に何ができるだろうか。

僕にはよくわからない。でも、僕が献身的な気持ちで接しただけで、優しさが滲み出ていると言ってくれた人もいた。


何も期待していないけど、僕は馬鹿なくらい正直な男だから素直に嬉しかった。


だから、もっと優しくしてあげたい。


この社会をもっと優しく、温かいものにできたらなって思う。


一昨日、フルヤンの家に押しかけて、無性に見たくなった「フォレスト・ガンプ」を見た。

人生は、チョコレートの箱のように、何が入っているか分からない。


僕のチョコレートはどんな味なのかな。


チョコレートの素材はもう変わらずとも、僕の努力次第で、甘くも苦くもなる。


精一杯、力の限り、頑張りたい。

「五穀成熟せずんば、ていはいにしかず」

僕は、稗かもしれない。


でも、甘くて美味しい稗だってあるよね。
 



 
2009年11月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
             
今月